1870年5月。 ワガハイ、発疹(ほっしん)チフスにかかりて 高熱を出し、命に危険がおよぶことあり。 氷を手に入れることが難しい季節なれど、 元福井藩主である松平春獄(まつだいらしゅんがく)公が、 たまたまアンモニア吸収式の冷凍機を所有するなり。 使い方がわからぬまま放置されていたその機械を 塾生たちが借り受け、 現在の東京大学の教授のもとでつくった氷で、 小生、一命をとりとめるなり。 これが、わが国での機械による 初めての製氷となったのである。
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