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【岩手】いわて山形村短角牛:赤身ブームの火付け役 夏山冬里でのびのび育った牛界きっての健康優良児

旨味あふれる赤身肉「いわて山形村短角牛」

旧南部藩時代に沿岸部の塩などを内陸部へ運ぶルートだった「塩の道」。その物資輸送に使われていたのが南部牛で、赤い毛色から「赤べこ」の愛称で親しまれました。この南部牛に輸入種のショートホーンを交配し、品種改良を重ねたのが現在の短角牛。丈夫で寒さにも強いため、岩手を中心とした寒冷地で飼育されています。赤身と豊かな旨味が特長で、料理人たちから脚光を浴びている品種です。

いわて山形村短角牛

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緑の大地で親子水入らずのびのびと

標高600メートルの山地にある久慈市短角牛基幹牧場。60ヘクタールを7つのエリアに区分し、約40戸の畜産農家が短角牛を放牧しています。ここに入れるのは容姿端麗と認められた11才以下の雌牛とその仔牛のみ。通称エリート牧場ともいわれています。柿木畜産の二代目、柿木敏由貴さんの後について牧場へと続く丘を登り切ると、視界がパッと広がり、緑の絨毯の先には赤黒い短角牛の群れ。敏由貴さんの「こー!こー!」という声に「モーォ、モーォ」と大合唱で応えています。飼料をまくと警戒しながらも移動しはじめ、気がつけば牛たちに取り囲まれていました。母牛の乳房にすがりついて乳を飲む仔牛や、安心しきった様子で母牛に寄り添う仔牛など、1頭を除いてみな親子。ひと回り大きい種付け役の雄は、この時期群れの雌牛50頭すべてを身ごもらせているそうで、お役目終了の余裕からか悠然と歩いているのが印象的でした。

夏山冬里でストレスフリー

久慈市山形町は北上山地の北端にあり、95%を山林が占め、その70%が標高400メートル以上で見渡す限り山ばかりです。平地が少ない上、偏西風の「やませ」による霜害で耕作には厳しい土地ですが、牛の飼育には好適地。山の上は夏でも20℃前後と涼しく、湿り気を帯びた風が潤いのある牧草を育てます。牛たちは5月初旬から放牧されて自然交配し、10月中旬に里へ下りて越冬。そして2月頃一斉に出産して、春になれば親子揃って放牧されます。この「夏山冬里」方式でのびのびと育てられた短角牛は、旧山形村が久慈市と合併して山形町になった後も村名を残そうと「いわて山形村短角牛」として商標登録されました。通常、繁殖と肥育は別の農家が担いますが、柿木畜産は一貫して行なう畜産農家。敏由貴さんは物心ついた時から牛の一生と立ち会い、「牛といったら短角牛」と疑いもせず育ってきました。

敏由貴さんが掛け声を発すると、鳴き声をあげながら近寄ってくる赤黒い群れ。このエリアには他の飼い主の牛も放牧されているが、掛け声に反応するのは柿木畜産所有の牛たちだけ。
敏由貴さんが掛け声を発すると、鳴き声をあげながら近寄ってくる赤黒い群れ。このエリアには他の飼い主の牛も放牧されているが、掛け声に反応するのは柿木畜産所有の牛たちだけ。

牧場で親子水入らずの時を過ごした仔牛は、里に下りる頃に乳離れ。牛舎の中で越冬し、じっくりと身を太らせる。 牧場で親子水入らずの時を過ごした仔牛は、里に下りる頃に乳離れ。牛舎の中で越冬し、じっくりと身を太らせる。


50頭の雌牛に対して雄牛は1頭のみ。まさにハーレム状態だ。ひと回り身体が大きく、鼻輪が目印。
50頭の雌牛に対して雄牛は1頭のみ。まさにハーレム状態だ。ひと回り身体が大きく、鼻輪が目印。

いわて山形村短角牛のヒレステーキ。シンプルな味付けにもかかわらず、よく噛むと旨味が口の中にほとばしり、長い余韻を残す。たくさん食べても胃もたれ知らず。
いわて山形村短角牛のヒレステーキ。シンプルな味付けにもかかわらず、よく噛むと旨味が口の中にほとばしり、長い余韻を残す。たくさん食べても胃もたれ知らず。

黒毛和牛ブーム到来で馬喰から牛飼いに

敏由貴さんの父・由蔵さんはもともと「馬喰(ばくろう)」と呼ばれる牛や馬の家畜商として活躍していました。しかし1991年に牛肉の輸入が自由化されると取り巻く環境が一変。赤身主体の輸入牛肉が安価に出回りはじめ、生き残りをかけた国内の畜産農家は、輸入牛とバッティングしない黒毛和牛をこぞって育てはじめたのです。消費者も黒毛和牛に入る「サシ」に付加価値を求め、赤身の短角牛はブームから取り残されました。零細な短角牛畜産農家は次々と廃業に追い込まれ、「このままでは短角牛が絶えてしまう」と由蔵さんは馬喰から牛飼いへ転向。良質な母牛を手に入れて順調に頭数を増やし、短角牛の生産頭数日本一を誇る畜産農家になりました。その背中を見て育った敏由貴さんは、父の仕事を誇りに思い、何ら迷うことなくこの世界に入ったと言います。

牛本来の力に任せて余計なことはしない

里に下りた仔牛たちは飼料で肥育され、生後28ヵ月頃に出荷されます。かつては輸入飼料にも頼っていましたが、2004年からは100%国産飼料に切り替えました。自家栽培のトウモロコシを葉や茎ごと断裁して発酵させた粗飼料や、干し草や大豆、小麦ふすまなど全て国産で、抗生剤は投与しません。「サシを入れるためには失明寸前まで飽食させて太らせますけど、うちでは牛本来の力に任せて、余計なことはしません。家族や友人たちに胸を張って勧められる健康的な牛を育てたいですから」と敏由貴さん。100%国産飼料で育った短角牛は日本国内に流通する肉用牛全体の0.5%にも満たないことから「奇跡の牛」と称されるようになり、希少価値の高い肉として少しずつ知名度も上がっていきました。


本当の安全を考え抜いて国産飼料に

2011年3月11日、東北地方に激震が走りました。大津波による福島原発の事故を受け、敏由貴さんはすぐさま牧草の放射能測定をして安全対策を図ろうと、民間の測定業者に依頼。事故直後は一部の牧草地から微量な数値が検出されたものの、県による正式な測定で基準値を下回る結果が出ました。予定通り5月から放牧したところ、取引先から相次ぐ契約打ち切りの連絡。逆境に立たされ、輸入飼料に戻した方がいいという意見もありましたが、「ポストハーベストや農薬、遺伝子組換え作物といった問題を軽視するよりも、きちんと検査を受けた国産飼料を与え続けた方が安全。輸送時に発生するCO2の削減もできるし、長い目で見れば未来の子どもたちのためになると信じてます」と、素性の分からないものは与えないという信念を今も貫き通しています。

おいしいと思ってもらうこと、それがすべて

赤身の短角牛が見直されつつあるといっても、市場は依然として黒毛和牛A5ランク至上主義で、赤身の短角牛は下に見られがち。そこで敏由貴さんはブログやSNSを利用して地道なPR活動を続けたところ、今では全国のレストランから直接問い合わせが入るようになり、着実にファンを増やしています。「是非味わってみてください」と敏由貴さんが用意してくれたヒレとサーロインを、塩だけの調味でサッと焼いて頬張ると、噛めば噛むほど旨味が口の中に広がり、一部の脂もサッパリと口溶けがよく、食後感が良いのに驚きました。おいしいと目を輝かせる自分と、牧場で繰り広げられる命の営みに感動した自分に一抹の矛盾を覚え、手塩にかけた牛を見送る心境について敏由貴さんに尋ねると「最期まで丈夫に育てて、皆様においしいと思っていただくことが僕の仕事。出荷はその目的が無事達成される段階です」ときっぱり。その横顔に牛と共存共栄し続けてきた南部牛飼いの表情を垣間見た気がします。

冬に与える飼料は、放射能測定で安全を確認した干し草や、自家製のトウモロコシを発酵させた粗飼料など全て国産。短角牛は元来丈夫な体質なので抗生剤は与えない。
冬に与える飼料は、放射能測定で安全を確認した干し草や、自家製のトウモロコシを発酵させた粗飼料など全て国産。短角牛は元来丈夫な体質なので抗生剤は与えない。

この地域独特の「南部曲り家」はL字型になっていて、東側に家主一家、南側に牛や馬が住み、竈の暖気が牛小屋に渡るよう工夫されている。牛を大切にし、共存共栄してきた南部ならではの造りである。
この地域独特の「南部曲り家」はL字型になっていて、東側に家主一家、南側に牛や馬が住み、竈の暖気が牛小屋に渡るよう工夫されている。牛を大切にし、共存共栄してきた南部ならではの造りである。


※掲載の内容は、2014年7月現在のものです。